明日、上司に仕事を辞めることを伝えます。その前日の今の気持ちをまとめておきたいと思います。

 

僕はいま、総合病院で医療従者として働いています。

 

明日の2018年4月の26日、上司に今の仕事を辞めるということを伝えようと思っています。

 

その前日のいまの気持ちは正直憂鬱です。

 

本来であれば、自分の興味のもてること、楽しいと思えることをするために、仕事を辞めるので前向きな気持ちになるはずです。

 

それなのになぜか?

 

辞めると伝えた後のことが気にかかる

明日、上司に今の仕事を辞めると伝えても、その場ですぐに辞められるわけではありません。

最低でも1~2ヵ月くらいは、出勤し続けなければいけません。そのあいだ、上司や同僚、周囲の人たちのの僕に対する反応って当然変わりますよね。

それが怖いんだと思います。不安なんだと思います。

 

もしかしたらいじめられるかもしれない、あるいは冷たい対応をされるかもしれない、陰で悪口なんかをいわれるかも(これはまぁ今でもいろいろ言われてるのでもうすでに慣れてますが(笑))、そういうことに対して凄い不安なんだと思います。

 

もし、明日上司に辞めることを伝えたその日が最終出勤日になるなら、いまはもっと晴れやかな気持ちになっているはずです。

 

いま、憂鬱な気持ちになっているのは、辞めると伝えた後でも2ヵ月弱くらいは今の職場に出勤し続けなければならない。それが苦痛だからです。

 

「どうして辞めるの?仕事めんどくさいの??」「やりたくないならもう来なくていいのに・・・」「さっさと辞めれば?」

そういった周りの心の声、周りの目が容易に想像できてしまいます。

 

けっして職場の人間のことを悪くいいたいわけではありません。むしろ僕のような不器用な人間でもある程度受け入れてくれて一緒に働いてくれて感謝しています。

しかしその一方で、いじめがあったり、陰口があったり、他人のことを本人の前ではなく陰でコソコソ話したり、そういったことがあることは事実です。

 

そして辞める僕に対して、そうした矛先が向かってくること。それはもはや必然だと僕は確信しています。

 

だからこそ。そういう風に僕に思わせる職場の人たちだからこそ、さっさと今の仕事を辞めてしまいたいと強く思うようになりました。

 

 

人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない
何かを得るためには、それと同等の代価が必要になる
それが、錬金術における等価交換の原則だ
その頃僕らは、それが世界の真実だと信じていた

引用:鋼の錬金術師

これは鋼の錬金術師というマンガでの有名な言葉です。

 

今の仕事を辞めるための『苦痛という犠牲』を払って、『自分がやりたい事、面白いと思える事に迎えるチャンス』を得る。

こういう風に考えれば少しは気が楽になります。

 

有名ブロガーのヒトデさんはこんなことを言っています。

僕もまったく同感です。今の仕事に行くのが死ぬほど苦痛です。

 

なぜなら明らかに自分は今の仕事に向いていないと確信しているから。

それに同僚たちのことを人として心の底から好きにはなれそうにないから。

 

向いてない仕事、やりたくない仕事を無理に続ける必要はない

ブロガーのヒトデさんと同じように、ほんとうに仕事には行きたくないです。

患者さんのためにやる仕事なのでやりがいを感じる部分はありますが、それ以上に周囲の同僚と合わせてやっていくことがほんとうに苦痛です。

明日から職場に行くことを辞められるならどれほどうれしいかわかりません。

 

そして先輩たちも、仕事に対してそれほどやりがいを感じているわけではありまえん。

 

昨日、先輩同士でこんなことを話していました。

先輩A:「1日仕事に出て、1日休む、みたいなのが理想だわ。だって仕事つまんないし」

先輩B:「仕事なんて楽しくないよ、そういうもんだよ。みんなもそう思ってるよ」

この仕事を15年くらいはやっているベテランの先輩二人の会話です。

ようするに、『仕事=ほんとうはやりたくないもの』というのが共通の認識としてあるわけです。

 

この会話を聞いたとき、こんな仕事絶対辞めよう!と強く決心しました。

だって、この道何十年もやってるような人が、仕事に対してつまらないとはっきりといいきってしまっているんです。

そんな仕事、職場に魅力を感じますか?十数年後の自分も、この先輩と同じようなことを言ってそうで、凄い恐怖を感じました。

 

僕と同じように先輩も仕事に対して、心の底からやりがいを感じているわけではない、やりたくないものだと思っている。

ただし、僕ほど仕事に対して嫌だとは苦痛だとは感じていないんだと思います。

だからこそ、今の仕事を辞めずにダラダラと働き続けてるんだと思います。

 

この動画は、夢に向かって行動することが大事。周りのプレッシャーだったり、日本の常識は一切関係ない。自分の目標や夢に向かってやりたいようにすることがほんとうに大切なんだよと強いメッセージを投げかけている動画です。

動画内(21分45秒~)から一部引用しました。

私は今、イギリスの会社でCAとして働いていて、すごく楽しいです。みんな面白い方々がいます。ちょっと、はっきりいうと、おかしいなって思う方もいらっしゃいます。でもそれは、一人一人の個性として、受け入れます。だからみんなのことが大好きです。ちょっと難しい性格の方もいらっしゃいます。でもそれも彼女の性格で好きです。あたしの少し変わった個性も、みんな受け入れてくれて、毎回フライトをするたびに、ちあきーちあきー、そういう風にいってくれる。凄いうれしいです。

あたしたちはいろんな国に飛びます。インド、中国、ジャマイカ、カリビア、アフリカ、アメリカ、それぞれカルチャーが違います。文化が違いますけど、みんなその特性を受け入れて一緒に笑います。その瞬間があたしはほんとうに幸せです。なので人と違っていてもいいと思います。こういう個性を受け入れる社会。

日本にいるとなぜか、あたし他の人とちがっているとなぜか不安に感じるんですよね。外国にいるほうがのびのびしている自分を感じます。たぶんそれは、みんながみんな受け入れる雰囲気があるからだとは思いますが、そうですね、んー、まぁあたしたち日本人も違って、みんな違っていてもそれでいいんだと。年齢なんて関係ないよと、あなたがいま幸せだったら何歳で結婚していいし、いま三十何歳であろうと夢に向かっているならそれでいいんじゃないっていう風に、んー、考えられるそういう社会になればいいなと思っています。

 

今の職場の人たちは、ちょっと変わったような個性を受け入れる感じではありません。最近でも、少し個性的だった人がいじめの対象にあい、辞めていきました。

僕からみて、たしかに周りの人たちとはちがって個性的な人だなとは個人的に思っていましたが、ただそれだけです。自分たちと違うからいじめようとかそうは一切思いませんでした。

そのイジメの一件もあり、ここの人たちとは本当の意味で、仲良くはなれないなと思いました。

 

たしかに僕みたいな不器用な人間をある程度受け入れてくれたことには心から感謝しています。

ただ、僕はその不器用さゆえに仕事に対して普通の人以上に苦痛だと感じてしまいました。

 

それが僕の退職を後押しした一番強い動機かもしれません。

 

この苦痛をこの先何十年もやっていくのは耐えられません。

もっと自由に、自分の得意なこと、好きなことに集中して人生を生きていきたいと思っています。

 

もう仕事にある程度なれたんだから、もっといろんな世界を見てほしい。海外にどんどん行ったほうがいい。

この言葉は、看護助手として働いていた中国人の同僚が僕に言ってくれた言葉です。

この人はもともと中国の大学で教員として働いていた人なんですが、現在は日本で英語の先生をしたり、スピーチをしたり、翻訳の仕事をしたり、さまざまな仕事をしています。

そんな破天荒な人生を送っている人だからか、当然僕の職場の中では少し浮き気味で、一部の先輩から軽いイジメのようなものにあっていました。

にもかかわらず、常に笑顔で、自分がいまやっていることについていつも楽しそうに僕に話してくれました。

昼休み中も常に本を読んで勉強をしているような向上心をもった人でした。

 

その方はいま、ピースボートで世界一周の船旅をするために、看護助手の仕事は辞めています。

 

 

やりたいことは誰にだって必ずあるはずです。

僕はいま、その一歩を踏み出そうとしています。

他にも悩んでいる人がいれば、その背中を押したい。

きっと大丈夫です。だって失敗しても死にはしませんから。

 

 

 

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